Episodes

  • EP. 651『@松山 、其ノ二 - 鯛飯、南伊予と東伊予』
    Jul 14 2026

    愛媛という地名は、『古事記』に登場する女神・愛比売に由来し、「愛するお姫様」という意味があるといわれています。今回は愛媛県民文化大学で、正岡子規や夏目漱石、中村不折、上田万年らが近代日本語を築いたことについてお話ししてきました。愛媛では県民のソウルフード・鯛めしも味わいました。『古事記』や『日本書紀』にも鯛にまつわる話が残り、今治では鯛を丸ごと炊き込む鯛めし、宇和島では刺身を醤油や卵などに漬けてご飯にかける鯛めしが親しまれています。南予では、みかんを餌に育てた養殖鯛もいただきました。

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    9 mins
  • EP. 650『@松山 、其ノ一 - 坊つちやん、野菜もお魚も神経締め』
    Jul 13 2026

    松山は、空港に降り立った瞬間から空気も光も人の雰囲気もやわらかくて、「ぼっちゃん」を書くためにこの地を訪れた夏目漱石も、きっと同じような驚きを感じたのではないかと思いました。街の中心には松山城がそびえ、市電が今も変わらず走る風景は、漱石の時代を思わせます。今回訪れた料理店では、神経締めで知られる今治の漁師・藤本さんの魚をいただきました。魚にできるだけストレスを与えずに仕上げることで、おいしさが引き出されるそうです。食材も人も、ストレスをかけないことが大切なんですね。伸びやかな文章で書かれた「ぼっちゃん」が今も愛されるのも、そんな松山の空気が育んだ作品だからなのかもしれません。

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    9 mins
  • EP. 649『@谷中・根岸 、其ノ四 - ニャー!日本語のおいしーを作った人たち』
    Jul 9 2026

    谷中霊園には、近代日本語の成立に大きく貢献した言語学者・上田万年の墓があります。上田万年は国語調査委員会を設立し、全国の方言調査や日本語の研究を進め、言文一致運動を主導しました。また、夏目漱石のイギリス留学を後押しした人物でもあります。猫の鳴き声を「ニャー」と表記するための小書きの「ャ」や長音符を考案し、漱石の作品にも用いられました。国定教科書では「お母さん」などの長音表記を採用しようとしましたが、森鷗外の反対により実現しませんでした。獅子文六の『食味歳時記』には、上田万年や幸田露伴、佐藤春夫、久保田万太郎らが参加した「名月と蕎麦の会」の様子が記されています。鮎や酒が供され、最後に蕎麦が出されました。幸田露伴や上田万年らは多くを語らず、黙って蕎麦をすすっていたと記されています。

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    9 mins
  • EP. 648『@谷中・根岸 、其ノ三 - 木魚叩いて普茶料理、梵』
    Jul 8 2026

    海梆(かいぱん)は、寺院で食事の時間などを知らせるために打ち鳴らす魚の形をした木製の道具で、現在の木魚の原形とされています。魚は眠らず目を閉じないと考えられていたことから、不眠不休で修行に励む僧侶の姿を表しています。また、魚が口から玉を吐き出す姿は、悟りによって煩悩を捨てることを意味しています。根岸には普茶料理の店「梵」があります。普茶料理は中国・明代に生まれた精進料理で、肉や魚、卵、乳製品を使わず、食材を無駄にせず感謝していただくことを大切にしています。ごま油や菜種油、くるみなどを使い、豆腐や湯葉、しいたけ、たけのこなどの食材を工夫して、肉料理や魚料理のような食感や味わいを生み出します。普茶料理は江戸時代初期に来日した隠元が伝えた料理で、大皿を囲んで皆で取り分けていただくのが特徴で、「梵」のある根岸・龍泉は樋口一葉の『たけくらべ』の舞台としても知られています。

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    9 mins
  • EP. 647『@谷中・根岸 、其ノ二 - お豆腐、笹の雪の如き美しさ』
    Jul 7 2026

    日暮里駅から根岸方面へ歩くと、書道博物館があります。書道博物館を創設した中村不折は洋画家でありながら書の収集家としても知られ、森鷗外の墓碑や新宿中村屋の看板の文字を書いた人物です。不折が集めた書のコレクションが収蔵されています。中村不折は正岡子規と親交が深く、1894年の日清戦争では、子規が文章、不折が絵を担当して戦地を取材し、その報道は近代日本語の成立にも大きな影響を与えました。また、不折は『ホトトギス』や『吾輩は猫である』の表紙も手がけています。子規庵の隣には老舗豆腐店「笹の雪」が2024年8月に新店舗を開きました。創業は1691年で、輪王寺宮が「笹の上に積もった雪のように美しい」と称えたことから店名が付けられました。正岡子規も好んで食べた豆腐として知られ、現在は豆腐のフルコースを味わうことができます。

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    9 mins
  • EP. 646『@谷中・根岸 、其ノ一 - 生きるために食べる!子規』
    Jul 6 2026

    東京・谷中は、夕やけだんだんや谷中銀座がある、どこか昭和の面影を感じる街です。そして、この地には俳人・正岡子規が晩年を過ごした「子規庵」があります。子規は34歳11か月という短い生涯でしたが、俳句を近代文学として確立し、今につながる日本語の表現を築いた人物です。また、「野球」という言葉を広めたことでも知られています。病に倒れ、寝たきりとなってからも創作への情熱は衰えず、夏目漱石や高浜虚子ら多くの仲間や弟子が子規庵を訪れました。子規は「頭を使う人ほど栄養をしっかり取るべきだ」と、弟子たちに牛肉などを食べて体を養うよう勧め、自らも食事を大切にして病と向き合いました。「食べることは生きること」という思いで最後まで命を燃やし続け、辞世の句「へちま咲いて 痰のつまりし 仏かな」を残して35歳を前にその生涯を閉じました。

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    9 mins
  • EP. 645『@水戸 、其ノ四 - 花びら茸、花鳥風月』
    Jul 2 2026

    茨城県は首都圏の台所とも呼ばれ、多くの農産物が生産されています。今回、その中で印象に残ったのが、白い花のような姿をしたハナビラタケでした。水戸では徳川ミュージアムを訪れました。偕楽園近くの高台にあり、水戸徳川家に伝わる美術品や古文書を所蔵しています。芝生の広場には徳川家康と徳川光圀の銅像が設置され、来館者が並んで写真を撮ることもできます。展示では、徳川家康筆と伝わる「花鳥風月」の書や、中国明代の青磁香炉を見ることができます。また、ハナビラタケのポタージュは、シャキシャキとした食感と香りが特徴です。館内の芝生は自動芝刈り機「カクさん」が管理しており、かつては「スケさん」も稼働していました。歴史資料や庭園、美術品に触れながら、ゆったりとした時間を過ごせる場所です。

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    9 mins
  • EP. 644『@水戸 、其ノ三 - アトリウムでいただくフカヒレそば』
    Jul 1 2026

    笠間を巡った後、水戸プラザホテルに到着したのは夜8時過ぎでした。ホテルは発明王トーマス・エジソンの曾孫が設計したもの。ガラス張りの屋根から光が降り注ぐ大きなアトリウムが特徴です。2001年に完成した館内には緑があふれ、19世紀ロンドンのクリスタルパレスを思わせる空間が広がっています。宿泊した部屋には屋外ジャグジーが備えられ、満月を眺めながら過ごすことができました。夕食は館内の四川飯店で、名物の「三種具入りフカヒレのとろみそば」を味わいました。この料理は目当てに訪れる人も多く、陳建民さんの「料理は愛情」という教えを受け継ぐ総料理長によって提供されています。水戸光圀の学問における「仁」、人に光を届ける建築としてのアトリウム、そして人を温かく満たす料理が重なり、水戸の歴史や文化とともに食を楽しみました。

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    9 mins